みなさん、こんにちは。やっこです。
前回から『「オバサン」はなぜ嫌われるか(田中ひかる)』を読んで感じたことを
まとめています。
「女性の価値は<生殖のリミット>で判断される」ことを記した性別と年齢の差別が
テーマのこの本ですが、前回は、<生殖のリミット>について考えてみました。
今回は、<生殖のリミット>により女性は若いほうがいいという価値観が生まれたことが、女性の社会進出の妨げになっていることについて考えてみたいと思います。
若くないと価値はない?
女性は若くなければ働く価値がないとされ「男女別定年制」が過去にはありました。
女性は能力ではなく、若さと見た目で採用し、結婚、出産、更年期により、労働力が低下すると解雇されるのもそんなに古い過去ではありません。
父親が絶対的権威である「家父長制」の歴史があり、男性が仕事、女性は家庭が当たり前で、女性が高度な教育を受けることは困難であったにも関わらず、いざ外で働いてくださいと放り出されたら、若くない、能力がないと言われてしまう。
なんとも理不尽な歴史です。
私も過去にこんなことがありました。
28歳でアパレル業界に転職を希望していたときです。
何十社と応募をしても面接まで行き着くのは1%未満でした。
そんな中、やっと面接までこぎつけたと思ったら、
「あなたの年齢だとうちでは一番年上になっちゃうんだよね・・・うちには産休制度もないし」と面接官の一言。
唖然としました。
年齢なんて事前に分かっていたよね?履歴書見た?面接する気がないなら呼ばないで!と心のなかで叫びました。
他の企業でも結婚と出産の質問ばかりで、私が今までどんな職務経験があるか、仕事に対してどう考えているかなど聞いてきた企業はひとつもありませんでした。
28歳で早くも将来が見えなくなりました。
女性の社会進出は苦悩が増えただけ?
1985年に男女雇用機会均等法が制定され、総合職と一般職に分かれました。
しかしこれは大企業でのことで中小企業ではそのような分け方はありません。
この総合職と一般職ですが、一般的には責任ある仕事かアシスト的仕事かで分かれているような感じですが、私の中では自分で考えて仕事をする総合職と支持された作業を行う一般職という分かれ方だなと思っています。
このどちらもあり得るし、どちらになるか入社してみないと分からないのが中小企業だと思っています。
従業員数が多くないので役割もひとつではなかったりするからです。
明確ではないところに中小企業での働く上でのメリットがありますが、歪みもあります。そこに女性の苦悩があると思っています。
いくつか例をあげてみたいと思います。
ひとつは、先程書いた私のアパレル業界への転職の話です。
おそらく面接官は30歳手前の私がそろそろ結婚と出産を考えていて仕事とのバランスが取りやすい会社探しているのだろう、それに今いる従業員より年上だと扱いづらいなと思ったのだと思います。
しかし、私は新たな業界で総合職として働きたく応募しました。
どのような人を求めているかが応募内容では分かりづらいし、面接にいっても面接官の思い込みで終わってしまいました。
ふたつめは、ある企業で営業事務の応募があり、営業のアシスト的業務だと思って入社したら、営業と事務の両方をこなさなくてはなりません。
それでも女性ばかりの会社で子育てしながら勤めている人もいましたので、仕事と結婚、子育てのバランスが取りやすい会社だろうと思いましたが、結婚や出産を強く否定され、バリバリに働かなくてはならない会社でした。
これの2つの例は、会社と自分との歪みです。
また、ある企業では仕事の役割が誰かの補佐です。
女性の仕事は男性の補佐的業務という社風が強く、お茶くみ、男性の昼食の片付けなどの雑務を女性が行います。
(この件については、そもそも男女関係なく、そして新人だからとかも関係なく、自分のことは自分でやればいいのでは?誰がやってもいいのでは?と思っています)
雑務が多い中でも自分で考えて行動をし責任を持って仕事がしたいと向き合うと、作業という仕事のみを仕事と捉えている人からは、「仕事やりすぎ、頑張りすぎ、そんなにやらないで。こっちにまでその感じでやって感を求められてしまって困るから。」という声があがります。
これは女性同士の歪みです。
総合職、一般職という分け方がない分、何となく本人の仕事への向き合い方で分かれ、会社側は二極化を均そうとするか、どちらかを正しいとして寄せようとするので、このような歪みが生まれます。
この3つの例のような歪みが女性の働きにくさだと私は思います。
結果、雇用形態を変えるか、その会社を退くかです。
これはすべて、年齢と<生殖のリミット>からの思い込みだけでその人を判断しているからだと思います。
結婚や出産を選択しないで仕事をしたいという人もいます。
出産、子育て、介護など生活に比重を置かなくてはならない期間をあっても、その期間を過ぎた時、また仕事に重きを置きたいという人もいます。
少子高齢化の中、若年層だけで集めて雇用の維持をしていくのは無理があり、男女の割合では女性の人口の方が多い中で、年齢と<生殖のリミット>だけで判断していては企業の発展には繋がりません。
本当に困ったときにオバサン頼りを始めても遅いのではないでしょうか。
年齢、性別に縛られずに本当の意味での企業の発展のために、雇用を考えていくべきだと思います。
そのために、採用する者は人を見極める力をつけ、そして私達はいくつになっても受け入れられる存在になっていかなくてはならないと思います。
自分の存在価値は性別や年齢で左右されてはいけません。
オバサン価値を高めることにこれから私は努めていきたいと、この本を読んで強く感じました。
次回、別の思いを綴りたいと思います。