おば革命

歳を重ねることは楽しい! 『オバサン』のイメージを変革

歳を重ねることは楽しい!『オバサン』のイメージを変革

ある人の話をしよう。人づきあいについて思うこと。

みなさん、こんにちは。やっこです。

 

わたしの身近にこんな人がいます。

 

予定はあくまで予定であり、決まりではない人。

 

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例えば、

「お昼におそばを食べに行こう」と出かけ、店に向かう途中で「ピザ」に変わる。

という風に、最初に決めた予定が予定どおりとはならなくて、一度は変わる人です。

 

他にも、

「今日は南の方へ出かけよう」が、北の方に変わる。

「街に出よう」が、自然豊かな場所に変わる。

「近場にしよう」が、遠出に変わる。

出かける予定だったのが、やっぱり家でゆっくりしようも、もちろんあるし、
その逆のパターンもあります。

「海に行こう」が、「山に行こう」に変わるくらい、大きく変わることもあります。

前日に決めていた予定が、当日の朝変わります。

決めたことが必ずではなく、予定が真逆になるのが日常で、
優柔不断ともまた違い、うっすら気分屋でもあり、
でも、ただ気分屋というだけではなく、
ノリと、その瞬間にひらめいたことが、より面白い!と思うと、
そっちになる人です。

 

さて、みなさん、これを聞いてどう思いますか?

 

お昼におそばを食べに行くって話になっていたから、
お蕎麦の口になっていたのに・・・ピザかいっ!?

ここに出かけるって言うから、この格好にしたのに・・・。
そこだと、この服装じゃないじゃん!?

出かけるテンションだったのに・・・。
おうちでゆったりモードに切り替えるの!?

 

私はそう思います。

気持ちの切り替えに忙しくてついていくのが大変だわと思っています。

そして毎回、一度はツッコミを入れます。

「またかいっ!」

ツッコミは入れるけど、反対はしません。
私はあえてそれに乗っかります。

なぜか?

自分では思いも寄らない思考に乗っかることで、
新たな発見ができるのではないかという期待と、
柔軟な脳でいたいという思いがあるからです。

面白いと思ったのなら、やってみようじゃないかと乗っかってみます。

 

このように、自分では思いも寄らない言動をする人と、
みなさんはどう付き合っていますか? 

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人づきあいで柔軟な脳をつくろう。

 

 

ノリがあうから付き合う人もいるでしょう。
めんどくさくて付き合わないと言う人もいるでしょう。
疎遠になる人もいるかもしれません。

 

私は、自分とは違う、という人とどう接するかで、
自分の思考の可能性を広げられるのではないかと思っています。

 

自分では考えつかないことは、
自分では使ったことのない脳を使っているような気がします。

そうすると、自分の視野が広がって、思いも寄らない可能性が秘めているかもと、
ワクワクします。

 

自分と違うことをただ嫌うのではなく、とりあえず受け入れてみる
なにもないうちから、どうなるかもわからないうちから、早々と判断せずに。

 

とりあえず受け入れてやっぱりストレスだわと思うならやめればいいし、
最初は苦手でも付き合いが長くなると自然な付き合いになるかもしれないし、
人づきあいってこんな感じかなって思っています。

 

はじめから絶対に気が合わないといけないわけでもないし、
自分とは違うと思う人でもテンポは合うっていう人もいるし、
合わないことが新しい何かを発見できる関係だということもあるし。

 

同じでなくてはならないことはなく、違うから面白いこともある、そう思います。

 

たしかに同じ思考の人とは何だか落ち着いて付き合いができるし、和みます。
違う思考の人には、刺激をもらえます。

 

人づきあいも色々ですよね。

 

年齢を重ねていくと今までの経験が脳を支配し、
言動をパターン化してしまうように感じています。

 

いわゆる思い込みです。

 

思い込みは摩擦を起こすこともあります。
そして、自分の可能性を狭めてしまうような、
もったいないことになってしまいます。

 

私はなにより、柔軟さが大切だと思っています。

 

魅力的だなと思う人は、柔軟な人のような気がします。

歳を重ねるごとに柔軟な人って、すごく魅力的だなと思っています。

 

『人づきあい』

 

たまには、深く考えずにノリでつきあってみるのもいいかなと感じています。

鏡に映る自分を見て何を思う。

『姿勢』

美しい人は姿勢が美しい。
というより、姿勢が美しいから、全てが美しく見える。
それは容姿の美しさだけではなく、心の美しさも感じる。

 

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鏡に映る自分に気づくこと。

 

 

みなさん、こんにちは。やっこです。

 

先日、買い物にでかけたときのことです。

ついつい私の人間観察ぐせが出てしまったのですが、

駐車場に向かうためにエレベーターを待っていると、
私の斜め前に立っていた人が、エレベーターの向かいにある鏡で、
自分の横姿を見ていました。
背中側のシャツの裾が気になり、服装チェックをしていたようです。
裾を整えて、後ろ姿を確認して、エレベーターがくるまでの間、
念入りに身だしなみの確認をしていました。

 

そこで、私は思わず、ツッコミを入れたくなってしまったんです。

 

「いやいやいや」と手を振りたい衝動をなんとか抑え、
心のなかでツッコミをを消化しました。

 

というのも、私がどうしてもツッコミたかったのは、

姿勢です!

上半身が前かがみで、首も前に出てしまっていました。
もうそれだけで老けて見せてしまっています。

「あぁ~、もったいない。。。」

「服装よりもまずは姿勢を見てほしい。」

「せっかく鏡を見たんだから、姿勢を正せばいいのに・・・。」

 

姿勢を意識すればもっと素敵なのに、と思うことがよくあります。

 

どんなに素敵な服装をしていても、メイクをばっちりしていても、
髪を綺麗にスタイリングしていても、姿勢が悪いと、素敵な要素は全く気づかれず、
姿勢が悪い人の印象しか残らなくて、台無しです。

 

「姿勢を正せばもっと素敵に見えますよ!」と教えてあげたい。

でも、見ず知らずの人にそんな事を言ったら、
今話題になっている、『ボーリングやゴルフを見ず知らずの人に教えたがる人』
と同じ。
そんなことは言えません・・・余計なお世話です。

 

ですので、この場で伝えたい!姿勢は大事です!

せっかく鏡を見たんだから、姿勢を意識しましょう。

そして、みんなで美しくなりましょう。

 

 

私が小学生のときに、父に言われたことがあります。

「女性は、字と姿勢がきれいなら、頭良く見える」

そう言って、私は書道教室に通っていました。

今思うと、なんて雑な言葉。
差別的発言だと問題になり得ます。
きっとこれを読んで、イラッとする方もいるでしょう。

しかし、いい表現ではないですけど、
字がきれいな人、姿勢の美しい人は、魅力的です。

私が覚えている数少ない父からの教えの一つですが、
姿勢の話になるといつも思い出す言葉です。

 

それからか、姿勢を正すことは、いつでも私を意識するきっかけになります。

決して自慢の美しい姿勢ではありませんし、常にきれいな姿勢を保ててるわけでもありません。気づけば腰に負担をかけるような姿勢だったりもしますし、姿勢を意識しすぎて体が硬直してしまうこともあります。

でも、姿勢を気にするタイミングが、自分に目を向けるタイミングだったりします。

 

姿勢が悪いときには、体が教えてくれます。

体の側面や股関節が硬くなっていたり、ふくろはぎや太ももの裏が縮こまっていたり、肩こりや腰痛が始まります。
その時は、姿勢がよくないからだと気づきます。

下腹部や背中にお肉がつきやすくなった時も、最近、姿勢を意識していなかったかな
と、自分に意識が向きます。

そして、疲れていたり、気分が落ち込んでいたりすると、姿勢は悪くなっています。
そんなときは、ふと見たガラス窓に映る自分に、姿勢を正そうと声をかけます。

階段では、上がろうとする意思に足がついていかず、ついつい前かがみで
上ってしまいがちです。
階段の上り下りでは上半身をまっすぐ保つことに気をつけると、
下半身をちゃんと使って日常生活で体を鍛えれるかなと、自分に意識を向けます。

 

『姿勢』

 

姿勢を意識できているときは、心に余裕があるように感じます。

だから姿勢が美しい人は、心が美しく見えるのでしょうか。

 

姿勢を正すことは、自分を老けさせないことでもありますが、
自分に目を向けてあげる、自分の声に耳を傾けてあげるタイミングだと思います。

 

素敵なオバサンは、ここから始まるような気がしています。

 

ある出来事で、距離感について考える。

みなさん、こんにちは。やっこです。

 

『距離感』

物理的な距離と精神的な距離、
距離感について、考えさせられる出来事が起きました。

 

 

 

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それぞれの距離感

 

 

先日のことです。
ゴミ捨て場に、3段の引き出しが付いたワゴンが置いてありました。
それは私が以前使っていたのと同じものだったので、
「同じもの使っていた人がご近所にいるんだなぁ」と思いながら
通り過ぎようとした時、
ふと目に入ってきた粗大ごみシール。

そこには、我が家の名前が書かれていました。

 

「え?え?、えええ?、ええええええええっ??!!!!!!!!」

 

この状況を理解するのに、時間がかかりました。

 

もう一度、粗大ごみシールを確認しました。

我が家の名前(しかもフルネームで書いてしまっていたよ・・・)と、
今ではない回収の日付が書いてあります。

「うん、うん、これ私が書いたよね、私の字だし。」

私が粗大ゴミに出したのは数年前。
少なくとも2年以上は経っているような・・・。

 

~ここからは憶測です~

おそらく私が捨てたあと、どなたかが使っていたのでしょうか。

錆びついていたし、引き出しのかごはいびつな形になっていたし、
ゆがんでいたから、引き出しをスムーズに引き出すことができなかったし。

そろそろ買い替え時かなと手放したワゴンですが、
その方には、まだまだ使える、もったいないと感じたのかもしれません。

処分品を持っていってしまう人がいるとは聞いていましたが、
まさか数年経って戻す人がいるとは思いませんでした。

私の想像を遥かに超えたこの行為、
私は、脳内に何か異物を入れられ、その異物が暴れ出したような感じでした。

 

(念の為お伝えすると、ワゴンは改めて粗大ゴミの回収にきてもらいました。)

 

このなんとも言えない気持ちが一段落したあと、私は思ったんです。

 

『距離感』

 

このワゴンを元々使っていた私のこと、
そして、そのあと数年経って手放した人のこと、
もし相手が分かっていたら、こんなことが起きなかったのではないかと。

そう、距離が遠すぎました。

私が今住む地域は、ご近所付き合いがあまりないように感じています。
挨拶を交わす人もいれば、シャイなのか、警戒しているのか、
挨拶がNGな人もいます。
ですので、もちろんお互いに名前さえ知りません。
この状況が、ちょっと距離が遠すぎるのでは?と、
今回改めて感じました。

 

そして、その他にもちょっと気になる距離感があります。

ちっちゃい話ですが、スーパーでの距離感です。

 

ひとつは、ショッピングカートで前を歩く人のお尻を押してくる人。
 集中力が高く、自分の世界を持っている方なのでしょうか。
 もしくは自分のペースを貫きたい意思の強い方なのでしょうか。

もうひとつは、前の人が買い物の品をまだレジ打ちしてもらっている状態で、
ポイントカードを店員さんに突き出している人。
 流れをすごく気にする方なのでしょうか。
 すぐに次の行動に行けるように準備しているのでしょうか。

そしてもうひとつ、通路ですれ違うときに接触してくる人。
 わずかな隙間も見逃さずに突き進む人なのでしょうか。

 

これらのパターン全て、
私の距離感ですと、
もう少し距離をおいた方が?と思うのですが、
でもこれって、この方たちはなんとも思っていないと思うんです。

というのも、

これが、この方たちの距離感だからです。

 

距離感って人それぞれ。

 

挨拶くらいはしたいなという距離と、それさえも近いと思う距離。

世間話くらいならOKな距離と、「それ以上踏み込んでこないでね」な距離。

人一人分くらい空けてほしいなという距離と、「詰めたほうが効率的よね」な距離。

 

自分と相手の距離をどれくらい空けるかは、その人の感覚でしかありません。
そして、自分の感覚が相手の感覚と同じとも限りません。
それぞれ違う、だから距離感は難しいです。

 

では、どうすればいいのだろう・・・。

 

私が思うに、
まずは、人それぞれであることを理解すること。
そのうえで相手を思うこと。

 

自分の距離感が常識とは思わずに、
そして、相手の距離を気にしてみるのがいいのかなと思います。

でも、気にしすぎて相手に合わせることに寄せすぎてしまうと、
自分を見失ってしまうような気もします。

気にかけ具合が難しい。

でも、やっぱり思いやりは大切だと思います。

お互いが思いやれば、
ちょうどいい距離感ができるんじゃないかと思います。

友好的な関係を築けている人とは、
お互いがお互いの距離感を気にかけているように思います。
そして、関係が崩れる時、
それは、距離感がわが道になった時なのかなと思います。

 

『距離感』

・みんながみんな、同じ距離感ではない。

・互いに思いやりを持って、ちょうどいい距離感を保つ。

 

今回の出来事で、改めて距離感について考える機会ができました。

 

新年度が始まりました。新たな出会いもありますよね。
ほどよい距離感をもって、新たな出会いをいい関係にしきたいですね。